かえりみれば
Looking Backwards

2009

Lambda print
Dimensions variable

現在から未来を考える瞬間、自己は現実には存在しない理想を描く。程度は異なるがその過程は万人が経験する不可避なものである。トマス・モアによって1516年に出版された「ユートピア」は、ギリシャ語で「どこにもない場所」を意味し、理想的な社会を描いたその作品は、「理想」について考えるきっかけを後世に与えた。

エドワード・ベラミーによるユートピア小説「顧みれば」に影響を受けたエベネザー・ハワードは、「ガーデンシティ」を20世紀初頭のイギリスに建設し、理想的な都市として多くの都市のモデルとなった。ハワードによるガーデンシティのコンセプトはニュータウン運動へと発展し、日本各地でもニュータウンの開発が行われた。

北海道の草原を開発し、私の故郷であるニュータウン「恵み野」は理想的な都市として実現された。グリッド状に計画された道路網に、等間隔に並ぶ住宅群がある景観で育った10代の頃、私はその景観に違和感を抱いていた。日本人としてのアイデンティティと景観が持つアイデンティティのずれ、もしくは与えられたアイデンティティとそれから想像する心象風景との差異が、違和感というかたちで無意識に反応させたのかもしれない。

私が未来を描く時、その「ずれ」を埋めるためのヴァナキュラー性の回収を不可欠な要素として想像する。しかし、それも私のユートピアであり、そこには新たな差異による空白の連続がある。たとえ客観性を期待して描いた想像であっても、それは大きな潮流のなかにある主観であり、完全な客観性はそこに存在しない。

等間隔の道路から撮影した住宅の写真群は、アーカイブのように形式的なものであるが、撮影した個人が選んだ現実がそこにある。客観的にみえるそのイメージには、主観としての境遇が写っている。これらの写真群は、現在から未来を考えるうえで不可避な論理を表象し、それは私たちが今、過去をかえりみながら、最も考慮しなければならないことの一つであると思う。